◎日本列島にいた狼たち/ジャーナリスト橋本伸/7/イヌのルーツは?/東アジアのオオカミが有力

 人間が最初に家畜化した動物といわれるイヌ。では、イヌの祖先はどんな動物なのか。これについては、さまざまな議論がありました。イヌとオオカミとジャッカル、コヨーテは交配が可能なことから、オオカミ説やジャッカル説、オーストラリアの野生犬、ディンゴ説などが生まれました。

世界のイヌの71%が

 ノーベル賞も受賞した世界的な動物学者、コンラート・ローレンツは、イヌの多くはジャッカル系で、わずかにオオカミ系も存在しているとして、ジャッカル祖先説を普及させました。しかし、その後の研究で、ジャッカル説を撤回しています。ディンゴ説は、いまではディンゴはイヌそのものであり、人間とともにオーストラリアに移住したイヌが野生化したものと考えられています。
 この点で、米科学誌『サイエンス』2002年11月22日号が興味深い論文を掲載しました。母親だけから受け継がれるミトコンドリアDNAの分析から、世界のイヌの祖先をたどると、少なくとも5頭の雌オオカミに行き着くというのです。
 それによると、スウェーデン王立工科大学のサボライネン博士らは欧州、アジア、アフリカなどの計654頭のイヌと、ユーラシア大陸の38頭のオオカミのミトコンドリアDNAを解析。塩基配列を比較検討し、五つまたは六つのグループに分類できることを解明しました。このうち東アジアのオオカミを祖先とするグループに、世界のイヌの71%が属していました。

3万年前に家畜化

 実は、1990年代のイヌとオオカミのDNA分析で、「イヌにもっとも近縁なのはオオカミであり、少し距離をおいてコヨーテ、つぎにジャッカルの順に近縁になっている。DNAの解析からは、オオカミだけがイヌの直接の祖先であると結論できるようだ」(猪熊壽著『イヌの動物学』)ということや、「イヌの家畜化は世界のいろいろな場所で異なる時期に生じた、あるいは一度家畜化されたイヌは各地で何回もオオカミと交雑されたことが示唆されている」(同)ことなどがわかっていました。『サイエンス』論文は、こうした研究を土台にさらにくわしく調べたものでした。
 また、この『サイエンス』論文は、考古学的記録はオオカミの家畜化の時期を1万4000年前から9000年前と推測しているとのべたうえで、一方で私たちのデータは4万年前、もしくは1万5000年前に東アジアにおいて一頭のタイプのオオカミから始まったことを示唆している、とのべています。そのうえで、最終的には、オオカミの家畜化は1万5000年前の方が可能性が高いと結論づけています。
 実は、考古学では、1万5000年前よりも古いイヌの化石が発掘されています。
 猪熊氏は先の著書で、こう指摘しています。
 「考古学的研究によると、イヌはいまから約3万年前には人類の住居の周囲で暮らしていたようである。アラスカのユーコン地方で、少なくとも2万年前のイヌの化石が発掘されている(Kurten and Anderson 1980)。アメリカインディアンがアジアからアメリカへ渡ったのは約2万6000―2万8000年前なので(Muller―Beck 1967)、アラスカのイヌはヒトとともにアジアから移動した可能性が強い。イヌはそれより前の時代に、すでにヒトと共存していたのである」

柴犬の方が近縁

 一方、『サイエンス』2004年5月21日号は、米国の研究チームが85種414頭のイヌとオオカミのDNAを比較した結果、シェパードよりも柴犬や秋田犬、チャウチャウの方がオオカミに近いとする論文を掲載しました。
 外見がオオカミに似ているシェパードより、柴犬や秋田犬の方がオオカミに近縁なのは、イヌの有力な祖先が東アジアのオオカミだったせいでしょうか。

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