続・化石オオカミ/ナウマンゾウと一緒にきた?/5
Written by officematsunaga on 11月 29th, 2007 in 日本列島にいた狼たち.
◎日本列島にいた狼たち/ジャーナリスト橋本伸/5
続・化石オオカミ/ナウマンゾウと一緒にきた?
前回、化石オオカミは北方系オオカミで、気候の温暖化で南方系オオカミが勢力を強めた説を紹介しました。
駆逐説が否定され
しかし、国立歴史民俗博物館教授の春成秀爾氏によると、新たな動物種の登場から、大陸と日本列島の陸橋の存在は次のように推定されるとしています(「更新世末の大形獣の絶滅と人類」2001年)。
氷河時代ともいわれ、新型の哺乳(ほにゅう)動物が出現した更新世は、約180万年前から約1万3000年前とされています。
春成教授は、更新世前期(120―100万前)は、南西?の道(東中国海)からシガゾウなどが、更新世中期前半(60―50万年前)に南西の道からトウヨウゾウなどが、更新世中期後半(40―30万年前)に西の道(朝鮮海峡)からナウマンゾウなどが、更新世後期末(3―2万年前)に北の道(宗谷海峡)からマンモスなどがきたと推測されるといいます。 この説に従うと、3万年前より古い化石オオカミは北方系ではなく、北方系オオカミを駆逐したのは南方から移住してきたオオカミという説そのものが否定されてしまいます。

化石オオカミの上あご(右側)と頭骨のレプリカ。佐野市葛生化石館
南西から渡った?
それを裏付けるように、直良信夫氏は労作『日本産狼の研究』で、「最初に渡ってきたオオカミ」との見出しで、北九州市門司区松ケ枝町の洞窟(どうくつ)から出土したオオカミの化石について、こう記述しています。
「大形のオオカミが、洪積世(注=更新世)のごく初期に、西南日本の一隅にゾウやサイなどと共にすでに出現していたという事実は、日本のオオカミを研究しようともくろんでいる私にとっては、特記に値することがらでなければならない。私の手もとには、現在では前臼歯その他の貧弱な資料しか残されていないが、臼歯の大きさからみて、大形のオオカミであったことがたしかめられた」
さらに、直良氏は「北関東地方の化石オオカミ」の見出しで、栃木県葛生町(現・佐野市)会沢大久保宮田石灰工業の採石場から発見された化石オオカミについて、こう述べています。
「復元して見ると、頭蓋(とうがい)骨長が約二六〇性叩基底骨長が約二五〇性辰任△辰燭ら、すばらしく大形なオオカミであったことが考えられよう。シベリア産のオオカミ(頭蓋骨長二三五・二性叩基底骨長二一九・〇性叩砲鉾罎戮討澆襪函頭骨はひとまわりほど大きく…」
直良氏は、この葛生町の化石オオカミの生息年代を「下部洪積世(注=更新世前期)の終り頃のものか、あるいは中部洪積世のある時期」としています。同じ層からは、ヒョウや褐色グマの化石も発見されています。
化石オオカミは北方系オオカミというより、南西あるいは西の道から、トウヨウゾウやナウマンゾウと一緒に日本列島に渡ってきたようです。

ナウマンゾウの骨格(更新世後期)。佐野市葛生化石会館
次第に寒くなり…
直良氏は、前出の著書で、こう指摘しています。 「日本の洪積世はその前半は南方系のゾウの分布が示しているように、概して熱帯性獣類の棲息に好条件をもった環境が、久しく続いていた。したがってこのような気候風土では、北ユウラシア系に属するオオカミにとっては、割合にすみにくい世界であったといえよう」 ところが、日本の洪積世(更新世)も中期ごろから、しだいに寒くなってきたようで、続いてこう述べています。 「そのために北ユウラシア系好寒性の野獣化石の発見される地点からは、多少の差異はあってもオオカミの化石骨の出土が多い。発見される量も多いが個体の異常な発達が特に目立つ」