佐川のオオカミ/高知/最大級の頭骨、四国で発見/3
Written by officematsunaga on 11月 26th, 2007 in 日本列島にいた狼たち.
◎日本列島にいた狼たち/ジャーナリスト橋本伸/3
佐川のオオカミ/高知/最大級の頭骨、四国で発見
1999年3月5日、毎日新聞が、「ニホンオオカミの最大級頭がい骨 高知県の旧家で発見」と報道しました。
先祖が山中で射殺
この頭骨は、高知県仁村森の片岡幸貞さん(当時73歳)方に「先祖が山中で天保八年(一八三七年)に射止めた」と伝えられ、保管されていたものでした。
頭がい骨の最大長は23・5造如日本各地で発見されたニホンオオカミの頭骨では最大と大阪市立大学医学部で鑑定されました。骨の上部に弾丸で貫いた穴があり、骨には肉片も付着しており、DNA鑑定も可能でした。
江戸時代まで生息
なぜ四国に大型のニホンオオカミが江戸時代まで生息していたのか。仁淀村(現在は合併して仁淀川町)の近くに佐川町というところがあります。
斎藤弘吉著『日本の犬と狼』によれば、紀元前5000年から紀元前後にわたるわが国の遺跡から、他の獣骨とまじってオオカミの骨が発掘されています。そのなかでも大きいのが、この佐川町で発掘されたオオカミの骨でした。
斎藤氏はこう指摘しています。
「特に土佐佐川の洞窟からは、日本石器時代の狼としては最も体格の大きいものが数体分、東大長谷部教授等によって発掘された」「わが国石器時代の狼のうちでも、その体格が特に大きい土佐佐川発掘のものは、現代日本狼よりも大きいが、地質時代の化石狼よりは小さく、ほぼ現代朝鮮狼の中体格くらいである。佐川以外の各地から発掘された石器時代狼の体格は、ほぼ現代日本狼の範囲内である」
斎藤氏のいう「現代日本狼」とは、江戸時代中期以後に採集されたもので、主に頭骨です。

ニホンオオカミの骨格 佐野市葛生化石館
発見した
骨に咬痕 佐川オオカミが発掘されたのは、佐川町城ノ台の石灰洞遺跡です。1941年(昭和16年)に長谷部言人博士らによって調査されたものです。
『高知県の考古学』(1966年発行)は、縄文早期とみられるこの遺跡について、こう指摘しています。
「調査の結果、石鏃・石槌・土器片などの遺物は洞窟の奥深いところから、洞中の堆積土中からは人骨をはじめ狼その他の獣骨が発見されている」
「これらについても同遺跡を調査された長谷部博士は、石器時代人の食糧になった獣類などの骨でなく、これらの骨のなかにある狼が洞窟内にくわえこんだ動物の遺残であるとされ、穴熊や狸の骨には狼の咬痕がついているとされている。この狼の骨はこれも長谷部博士の研究によれば、特に犧汗醢記瓩般召鼎韻蕕譟廖崙貶源代には本州・四国・九州に住んだであろうとされている」
珍しいのは、この遺跡からは小柄な老男子の骨の破片が多数発見され、なかにはオオカミのかみ痕が発見されていることです。
シベリア系の血?
さて、佐川オオカミはどこからきたのか。ニホンオオカミの研究家で知られる直良信夫氏は『狩猟』(1968年刊)の中で、こう書いています。
「本州、四国、九州には、ニホンオオカミとよばれていた、やや小型のオオカミが棲息していたが、実際には、そのような小型のものばかりではない。古墳時代後期の頃まで、エゾオオカミなどとともに、シベリアオオカミの系統にはいる大型のオオカミも棲息していた」
縄文時代の犧汗醢記瓩塙掌融代の仁淀村のオオカミは、古墳時代まで四国に生き残っていたシベリアオオカミの血を引いているのでしょうか。