エゾオオカミ/北海道/人間と共生した 狩をする神/1
Written by officematsunaga on 11月 24th, 2007 in 日本列島にいた狼たち.
◎日本列島にいた狼たち/ジャーナリスト橋本伸/1
エゾオオカミ/北海道/人間と共生した犲蹐鬚垢訖性
日本列島には、百数十年前まで、2種類のオオカミが生息していました。ところが、明治時代に相次いで絶滅に追い込まれました。オオカミはなぜ、絶滅したのか。日本列島にはどんなオオカミがいたのか。探ってみました。
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北海道にいたエゾオオカミは、人間にはやさしかったようです。
掃討作戦で絶滅?
北海学園大学教授だった更科源蔵氏の著書『コタン生物記』(1976年刊)にこんな話が載っています。
――狼のことを釧路地方では狩をする神と呼び、十勝地方では鹿を獲る神と呼んでいる。この神様は鹿を獲って満腹になると、人間を呼んで残りの肉をさずけてくれるからである。また狼が鹿を獲って食べているところに行きあっても、咳払いをすると獲物を置いて人間に席を譲ってくれるものであるという。
アイヌの人たちとエゾオオカミが爐いご愀賢瓩廼生できたのは、明治以前の北海道には信じられないくらいたくさんのエゾシカがいたからと思われます。ところが、平岩米吉氏の著書『狼―その生態と歴史』などによれば、明治に入って、続々と開拓民が送り込まれ、エゾシカを毎年何万頭も殺したため、エゾシカが激減しました。
その結果、主食のシカを捕れなくなったエゾオオカミは家畜、なかでも牧場の馬を狙うようになったのです。このため、オオカミの掃討作戦が行われ、オオカミの捕獲者には、最高で1頭10円という高額の賞金まで出したのです。賞金制度が1888年に廃止されるまで全道で捕獲されたオオカミの数は1539頭とも1827頭ともいわれています(このなかには北海道開拓使だったエドウィン・ダン氏の献策によって牧場で毒殺されたオオカミは入っていません)。こうしてエゾオオカミは1889年(明治22年)ごろまでにほぼ絶滅に追い込まれたとみられています。
大きな頭と
長い爪と… では、エゾオオカミはどれぐらいの大きさだったのか。作家の戸川幸夫氏がエドウィン・ダン氏の二男の夫人ダン・道子さんから拝借したダン氏の書いた『我が半世紀の回想』に貴重な記録があります。ダン氏はこう記しています。
「十分に生育した狼は七十ポンドから八十ポンドの重量があり、大きな頭と、恐ろしい歯牙で武装された口とを持っている。一般に極めて痩せていたが、筋肉はすばらしく逞しかった。毛の色は夏の間は灰色であるが、冬になると灰色がかった白色になり、毛は厚く且つ長くなる。足跡はその大きさですぐわかる。一番大きな犬の足よりも三倍か、四倍の大きさがあり、その形は似ているが爪はずっと長い」
70ポンドから80ポンドといえば、換算すれば32舛ら36舛砲覆蠅泙后アーネスト・T・シートンによれば、アメリカのハイイロオオカミの体重がオス35繊腺苅鍬繊▲瓮坑横記繊腺械境舛箸いい泙垢ら、ハイイロオオカミの小型のオスぐらいだったことになります。
「狼の王」の学名も
平岩氏と並んで、戦前から日本犬とオオカミの研究に打ち込んできた斎藤弘吉氏は著書『日本の犬と狼』(1964年発行)で、エゾオオカミについてこう指摘しています。
「現在、標本の残っているものは、北海道大学博物館に牡牝の剥製一対とアイヌ人が狩猟神として祭った狼頭骨牝牡各一頭分収蔵されており、他に故杉山氏蔵の狼頭骨一個、並びに大英博物館所蔵の牡頭骨があって合計六体である。大英博物館蔵の頭骨は特に巨大で、先年同博のポコック氏が、カニス・ルプス・レックスという狼の王の意の新学名をつけて発表したくらいであって、旧大陸で獲られた狼中では、シベリアのコリマ河畔で捕った、カニス・ルプスデュダンスキー牡が匹敵するくらいであろう」
参考: