読者限定の記事で申し訳ないのだが、あちこちに波紋を投げかけたのが、
■現役事務次官激白・・・鳩山政権は短命の運命 2009年9月9日
というエントリー。
ここで地方自治にふれてこういっている。
「今、いわれている地方分権、地域主権への道は遠いというか、実現しませんね。
地方分権について、議論している地方自体体の首長さんの会合に何度か出席したことがありますが、3人の首長さんがいればみな別々のことをいっています。
それは、当然で、国のグランドデザインとしての地方分権でなくて、自分の地域を優先させた地方分権論なわけです。これはその場でいえませんでしたが、国家のグランドデザインとしての地方分権という視点にたって論理を構築したり、議論している人は一人もいません。
また、地方分権の論理の前提には自治権があるということです。
つまり、他(注:「多」の間違い)民族で構成される国家は、その統治のシステムとして、自治権をあたえた。また、少数民族は自治権を主張した。これは血なまぐさい紛争の歴史から誕生したものです。
これが地方分権の下敷きにあります。
つまり、国家の統治のありようの問題なのです。
この辺の視点が欠落している。
であれば、日本で論じるべき、もしくは導入すべきは、欧米から移植した「地方分権論」でない。
日本流の「役割分担論」なわけです。
これは、退官したら、ぜひ研究したいテーマですね。
そういえば、オフイス・マツナガの連載記事に「遠藤顧問の歴史だよ!」というのがあって、そこにこのヒントがたくさんありましたね」(本文より~)
ここで、指摘されたオフイス・マツナガの連載記事の「遠藤顧問の歴史だよ! 」の記事だが、このエントリーをさしていた。
時代を超えて連続するもの・・・「職」と「役」の体系 2009年7月12日
実は、この指摘に啓示をうけた(編集注:ただの思いつきともいう)当方のボスが、またしても、遠藤顧問に無理難題をおしつけた。
「つまりだな、西欧から輸入した『地方分権論』でなくて、日本の固有の、中央と地方の有り様にかんして考えてみたい。
そこで何度かにわけて、歴史的に検証していただきたい。
そだな、まずはそもそも、日本の地方自治の原型はなんであったか?
このあたりを、歴史的に整理していただきたい」(当方ボスの無理難題)
遠藤顧問は、「いや、地方分権との関係ははっきりいってわからない・・・。ただし、日本の統治の有り様については、時代を超えて連続するもの・・・「職」と「役」の体系 2009年7月12日でかいたけれど・・・」とボスの思いつきにとまどっている様子である。
「ま、そのだな・・・・それは、それとして、これはこれとしよう。で、これはそれだから、あれについて書いていただきたい」(当方ボス談)
しかし、ボスと遠藤顧問の間には不思議なあうんの呼吸というか、「以心伝心」というか、「ま、遠藤さんが大人だから、松永のおもいつきを、かなりフォローする能力がある」(北岡記者談)ということで、第三者がみていたら、とても理解しがたい、当方のボスの原稿依頼が成立したのである。
それは、
「それは、それとして、これはこれとしよう。で、これはそれだから、あれについて書いていただきたい」(当方ボスの原稿依頼)
なのだ・・・・・・・・・。
では、そこから登場したのが、以下の原稿。
これは、うちのボスはどうでもいいとして、わかりやく読みやすい原稿です。
一般的に流布している「地方分権論」に流されるまえに、まず、読んでみてください。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
日本の地方自治の原型 2009年9月16日
>つまり、他(注:「多」の間違い)民族で構成される国家は、その統治のシステムとして、自治権をあたえた。また、少数民族は自治権を主張した。これは血なまぐさい紛争の歴史から誕生したものです。
>これが地方分権の下敷きにあります。
民主党は英国をモデルに地方分権強化を押し進めようとしてるようですけど英国も確か歴史的には多民族が結構くんずほぐれつしてますよね、、、紀元前にヨーロッパ大陸からケルト人?が移住。AC4世紀にアングロサクソン人がユトランド半島から移住。8世紀にスカジナビア半島から北方ゲルマン人(ヴァイキング)が移住。15世紀に地域ごとで宗教改革。近代に入って労働者階級と資本家貴族階級の地域ごとの住み分け。
民主党は、英国を日本と同じ島国と考えて英国をモデルと考えているのかもしれないけど、英国の歴史はヨーロッパ大陸とほぼ同じような民族と宗教がくんずほぐれつの歴史な訳であって、こんな英国のシステムを機械的に日本に当て嵌めようとしてどうするつもりなんだか
戦国時代に於いては、領主は幕府に、村は領主に多くを望まず、自力による問題解決によっていた。しかしそれは、突き詰めていくと、幕府という重石の存在を認めていたからこそ、軍事力を用いての問題解決が社会慣行になったのではないでしょうか。
そして彼等は、ただどこぞの模倣をするのではなく、生活の中から知恵を絞っていたわけで、現代は、国家とは何たるかを掴めぬまま、ある意味で、自ら苦しみ考えることを怠っているのではないでしょうか。
七人の侍を思い出しました
志村喬 官僚
仲代達矢 企業家
三船敏郎 政治家
農民 国民
黒澤監督 天皇
地方分権ってのは、地方に金を渡して、その代わりにその分のインセンティブを民主党が盗ってマニフェストの予算に当てることだろ! オフィス マツナガさんは何を勘違いしてんだよ! 政治に綺麗事はないだろ 国民に対する綺麗事は有りだな!
>つまり、他(注:「多」の間違い)民族で構成される国家は、その統治のシステムとして、自治権をあたえた。
地方自治のルーツをそこだけに限定して議論を進めるのは、「ためにする」ものでしょう。
たしかに、国や地域によっては、そのようなケースもあるでしょうが、西欧各国やアメリカで、民族分布と地方政府の配置が原則として対応しているということはないのでは?
逆に、昔からの区分が概ね現在の原型として残っているのは、日本も同じでしょう。江戸時代以前の藩や都市が、市の基になっていることも多いでしょうから。