福田康夫の親中派

 父親の福田赳夫はばりばりの「台湾派」とみられていた。田中角栄の「日中国交回復派」と対立、後の「角福戦争」に発展。その田中角栄がロッキード事件等で頓挫。田中角栄ー三木武夫の後をうけて福田赳夫は総理になる。「角福戦争」では敗北を期すが、ロッキード事件が結果的に福田赳夫総理誕生の契機となる。
 福田赳夫は、総理に就任後、「対米一辺倒より、アジア重視の外交」を提唱。77年のASEANでは、有名な「福田ドクトリン」(アジア重視の政策)を発表。それ以後、アジア重視、中国重視の政策を始める。
 77年というと、福田康夫が政界入りした年。福田赳夫の方針に従い、外交政策はアジアを中心に勉強をはじめる。外務省のいわゆるチャイナスクールとの交流もはじまる。東南アジア、中国にもたびたび訪問。政府要人との交流を深める。王毅中国大使ともそのころから知り合いになり、現在も時々会っている。
 小泉首相の靖国神社参拝や、国立追悼施設建設などで、小泉首相、飯島勲秘書官と対立。安倍晋三とは拉致問題で対立。
 拉致問題は、福田康夫・田中均 VS 安倍晋三・中山恭子の対立構造が生まれる。
 福田康夫は昨年の5月に訪米。アメリカ政府要人と会談しているが、「父・赳夫譲りのアジア重視、中国重視の外交姿勢の真意を確認する」ために、米国に呼び出された、もしくは釘をさされたとみるのが自然だろう。
 この「親中派」といわれる用語も、もう一度、その定義を検証したほうがいいかもしれないが、にわか仕込みの「親中派」でないことは事実。福田康夫に関しては、その源流ともいうべき福田赳夫の「福田ドクトリン」をもう一度、読み直してみるといいかもしれない。


参考:福田ドクトリン 全文掲載 2007年10月09日

コメント / トラックバック4件

  1. spring より:

    いっつも思うけど、対中、肝心な文脈が抜けてるんだよねぇ・・・・。

  2. spring より:

    ところで、谷垣って、政調会長つとまるの???

  3. 福田康夫の情報

    楽天ポイントが溜まって来たのでそろそろお買い物をしようかな?いろんなものが欲し…

  4. 福田康夫の情報

    情報社会ってなんだろう。情報が氾濫する世の中のこと?最近、ますます情報に振り回…

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